「おしゃれが嫌いになったわけじゃないのに、昔みたいに燃えられない。」
そんな気持ちのまま、クローゼットの前で立ち止まる日が増えました。
気にしいな性格のくせに、暮らし方はざっくり。
その狭間で揺れながら選んできた、40代の服の話です。
若い頃は、勢いとロゴと、ときめきだった
若い頃は、とにかく勢いで服を買っていました。
APC、BAPE、GVGV…
人気ブランドのロゴ入りトップス。
ギラギラのビーズがついたツイードジャケットも「可愛いから」の一言でお持ち帰り。
着心地が多少悪くても、肩が凝っても、
似合うかどうかより、そういう私でいたかった
それで全部押し切れていました。
お金の使い方も、いまよりずっと大胆でした。
生活費より先に服の予算を確保していたくらい。
今は同じようにできない。興味が冷めたわけじゃないのに
いまは、同じような買い方はしていません。
母になって、働き方も変わって、
優先しなければいけないことが増えました。
- ゆっくりショッピングへ行く余裕
- 服にだけ使える予算
どちらも、若い頃ほどはありません。
欲しい服がないんじゃなくて、
ちゃんと欲しがる余裕が足りていない
それがいちばん近い感覚です。
それでも、
- 母として
- 社会人として
- そしてバイヤーとして
「最低限、恥ずかしくない身なりでいたい」
このテーマだけは、頭の片隅でいつも激しく動いています。
もう選ばなくなった服
はっきり距離がわかった服があります。
- 流行の最先端ど真ん中
- 1着の主張が強すぎる服
- それに合わせるために追加投資が必要な服
- ビビッドカラー
- 着こなしに“技術”がいる服
素敵なのはわかる。
でも今の私とは、少し距離がある。
服に自分を合わせにいく時期は、静かに終わっていた
そんな感覚です。
今はこれがあれば安心、という服
今のクローゼットで安心感をくれるのは、こんな服。
- 定番シルエット+ほんの少しの今っぽさ
- デニム
- ビッグニット
- ロングスカート
- スウェット
2〜3年は仲良くやっていける。
着ている自分が、無理をしていない。
盛れる服より、保ってくれる服
40代になって、基準はここに落ち着いてきました。
気にしいの私は、着心地に心を引っ張られる
クローゼットの前に立つとき、私はいつも
その服を着た「今日一日の感じ」
まで一気に想像してしまいます。
少しチクチクする素材
重たい靴
首元の圧迫感
そういう小さな違和感に、一日中気持ちを持っていかれることをもう知っているから。
だからいまは、
見た目だけじゃなく、心が静かでいられる服
を選ぶようになりました。
気にしいだけど、ざっくり暮らしたい。
そのバランスはいつも難しいです。
バイヤーだからこそ気づいた「アクセサリーは武装」
仕事柄、新しい商品を見たり触れたりする機会があります。
バッグが多いですが、アクセサリーの商談で、好きなものを買わせてもらうこともあります。
(しごとの一環…という名目で。)
そこで気づきました。
アクセサリーは、小さな武装になる。
- 服がシンプルでも
- 予算が限られていても
- 気力が追いつかない日でも
アクセサリーをひとつつけるだけで、
「とりあえずの自信」
みたいなものが、そっと肩に乗る。
もともと貧相に見えやすい服も、
それなりに見えるから不思議です。
- ピアス
- ネックレス
- リング
- バングル
どれかひとつでいい。
「今日の私、なんとかなるかも」
そう思わせてくれる、静かな武装。
違うのは、熱量じゃなくて距離感
若い頃とは選び方が変わりました。
- 勢いで買う → 生活に馴染むかで選ぶ
- 盛れる服 → 保ってくれる服
- 主役の一着 → 安心の一着
でも、おしゃれが嫌いになったわけではありません。
ただ、
自分の暮らしと並べたときの位置が、少し動いただけ
クローゼットには、
今の私を支えてくれる服と、
小さな武装としてのアクセサリーが並んでいます。
気にしいだけど、ざっくり暮らしてます。
それでも、服のことを考える時間は、やっぱり好きです。
